12/24(金曜日)

第9話【戦後】 菅総理、硫黄島へ――8分ドキュメント「遺骨帰還特命チーム」

 

「なぜ急に今、硫黄島に行ったの?」という疑問にお答え。実は"急に今"の陰には、総理指示を受けた特命チームのある発見が...

 

 

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   先週火曜日。菅総理と超党派の国会議員団が、
   東京から南へ1250km、太平洋上の孤島・硫黄島(いおうとう)へ向かいました。

   かつての住民は戦時中の疎開で残っておらず、今は自衛隊員しか
   暮らしていない硫黄島。
   第二次大戦の激戦地だったこの小さな島で、日本軍は21900人もが
   命を落としました。

 

総理:4年前に、私初めてこの硫黄島を訪れまして、それ以来大変気になっていたんですが、私の内閣になって最初に作った特命チームが、この硫黄島の遺骨収集、収容の特命チームです。

 

   ご遺族の1人・永澤さんは、長年この島に通って、遺骨収容を続けてきました。
   去年までに見つかった遺骨は、およそ8700柱。しかし...

 

永澤さん:平成10年頃からは、かなり規模も縮小されました。私たちがやったのは、この島、生還者と歩きながら、地下壕で発見された奥まで入って(ご遺骨を)お迎えしたのですけれども、そういう地下壕は全部掘り尽くしたんですよね。

 

   未だに帰れずこの島のどこかで眠っている日本兵の遺骨は、およそ1万3千柱。
   これは、国内の戦地では最大の数です。
   しかし、探せる所はほとんど探してしまい、近年は見つかる遺骨は
   1年にわずか数十柱という状況が続いていました。
   ところが、今年秋になって突然、発見のペースが上がり、既に300柱を
   超えてまだ続々見つかる見込みです。
   この急展開のきっかけになったのは、この夏、菅総理が、
   任命直後の特命チームのリーダーに発した、1つの指示でした。

 

阿久津特命チームリーダー:アメリカに行って来いと。アメリカの国立公文書館の中にですね、硫黄島関係の資料があるはずだと。強いまなざしで科学的調査と資料収集から始めろという明確な指示をもらいました。

 

   ワシントンの公文書館にあった関連資料は、およそ600箱、40万ページ。
   その膨大な書類の中から、調査メンバーはこの地図に記された小さな文字を
   発見しました。エネミー・セメタリー。敵の墓地。
   これは、米軍が作った、日本軍の集団埋葬地ではないか?

 

阿久津リーダー:もう飛び上がるような気持ちでした。それで、堀ったらですね。10月に初めて、ど、ど、と2か所から出てきたという感じです。まさに、菅直人総理がですね、必ず集団埋葬地の資料があるはずだという信念に基づいての発言がなければ、これは、私たちは発見することはできなかったという風に考えております。

 

   資料発見の知らせは、すぐさま御遺族にも伝えられました。

 

永澤さん:今年の8月10日に内閣総理大臣の方からお呼ばれになって、こういう集団埋葬地の資料がでてきた。私にすれば半信半疑ですよね。本当に情報開示というその中で、お見つけになって、こういう結果が出たということは、やっぱり遺族にとりまして大変ありがたいことだと思います。

 

総理:65年は長かったですね。本当に申し訳ないですよね。

 

永澤さん:待ってた甲斐がありました。

 

総理:でもまあ、これで故郷に帰っていただくことができますから。

 

永澤さん:そうですね。

 

   地図で見つかった「エネミーセメタリー」=集団埋葬地は、2ヶ所。
   第一発掘現場の視察に続いて、総理は第2現場、あの摺鉢山の麓へ。
   総理がここまでこの問題に精力的に取り組む、その思いとは何なのか。

 

阿久津リーダー:菅総理はですね、この前、ふと漏らした言葉でですね、硫黄島にはまだ1万数千の御遺骨が残っていると。それは政治の不作為だということを仰いました。ある意味ではですね、自分を含めて政治家としてですね、なぜ、国の責務を果たしていないんだというですね、憤りを強く持ったんだという風に思っています。

 

   島で行われた追悼式。総理は、激戦下、
   指揮をとった硫黄島守備隊の栗林中将が、
   この島から幼い娘さんに宛てて書いた1通の手紙を朗読しました。

 

総理:『たこちゃん。お父さんはたこちゃんが早く大きくなって、お母さんの力になれる人になる事ばかりを思っています。からだを丈夫にし、勉強もし、お母さんの言付をよく守り、お父さんに安心させる様にして下さい。』 命果てるまで戦った方々は、軍人である前に家庭を守る父親であり、良き夫であり、期待を担う子息でした。一粒一粒の砂まで確かめ、一人でも多くの方の御帰還につなげるよう全力を尽くすことを、ここに誓います。

 

総理:私も手で少し骨を掘り出した訳ですが、やっぱり、もっと早く遺骨収集が進めば、もっと早く家族の皆さんのところにお返しできたのになあ、と。そのことが、こう、骨を見た時、あるいは骨を触った時に、ちょっとこう、胸にぐっと来た感じがしました。

 

   戦没者に思いをはせて、政府が従来使ってきた
   「遺骨収集」という言葉は、「遺骨帰還」という言葉に置き換えられました。
   玉砕から65年。帰還を待つ御遺族も、高齢化が進んでいます。

 

永澤さん:それはやっぱり自分の目で確かめてお迎えしなければ、それはやっぱり子供としての最大の願望ですから。

 

永澤さん:ありがとうございます。我々だって80ですから、最後の親に対する務めだと。

 

総理:若い皆さんにも知ってもらいたいですよね。本当にご苦労様でした。

 

   菅総理は、まずはこの硫黄島での取組をしっかり進め、
   更に、他の戦地で眠る遺骨の帰還へと繋げていく方針です。

 



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